其の二十三 そしてまた廃線跡

 一世風靡はなんか最近鉄道に偏っている気がしますが。



 今回は太子線を取り上げます。
 戦時中に鉄鉱石を搬送するために作られた支線で、吾妻線の長野原駅との間を結んでいました。



 鉄鉱石積み込みのためのホッパー跡が今も残されています。



 旧線路跡になる様ですが、この先のルートは痕跡を探しにくくなっています。トンネルや橋梁は残っている様です。



 駅は昔の物なのだろうか。
 元は日本鋼管の専用線で、国鉄編入後もしばらくは貨物専用線でした。



 この運賃表は廃線前の1970年ごろのもの。
 太子線は支線ではありますが、当時は吾妻線は長野原までしか無く、そのままの延長されていたような形です。太子線が廃線になり、吾妻線が大前まで延長開業になっているため、長野原での分岐というものは存在しなかったことになります。



 冬になると長年この地域に通っていますが、整備されたのはここ数年のことと思われる。
 展示のために敷設した線路のバラスは新しい。



 ホッパの崩壊は始まっているのでいつまで持つか。いつまで観光資源になるか。
 これを修理したら遺構にはならないので微妙なところ。



 ホッパ車など車両は昔からあったものではなくいようで



 大井川鐵道からの借り物?譲渡?があったり。



 戦後、ここを旅客使用したのは1960年代。旅客で使うほどの人口があったわけでもなく、10年たたずに廃線となっています。



 渋川まで直通もあったようで。
 こうしたサボも今では使われなくなってきましたから貴重ではあるね。

 とにかく、どれだけ観光資源として使おうとしているか、今後が撮れることになるかも。

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