眼鏡っ娘論文 

 
 眼鏡っ娘の定義
 これより当委員会の公式見解となる眼鏡っ娘論を展開する。では、そもそも眼鏡っ娘とはなんなのか? そこから始めよう。
 最も簡単な定義は「眼鏡をかけている娘」である。が、これではあまりにも漠然としすぎている。「眼鏡」も「娘」もかなり適用範囲が広い単語であるからだ。これを突き詰め始めるときりがないので、ここでは当委員会内で扱う「眼鏡っ娘」を定義するに留める。

 まず「眼鏡」の定義である。ご存じ岩波書店の「広辞苑(第四版)」によると、

「遠視・近視・乱視・老眼などの不完全な視力を調整し、又は光線が強く入るのを防ぐため目にかける凹又は凸レンズ、あるいは単なる色ガラスの器具。」

と、定義されている。これが視力矯正用の眼鏡とサングラスを指していることはすぐにわかるが、当委員会ではこの定義を一部修正する。

 1.だて眼鏡は視力矯正にも目に入る光の調節にも役立たないが、「眼鏡」に含める。
 2.サングラスは「眼鏡」に含めない。

 これは、外見的な「眼鏡っ娘らしさ」を考慮に入れての修正である。硝子越しに澄んだ瞳が輝いていてこそ「眼鏡っ娘」と呼ぶにふさわしい、この考え方は多くの方の賛同を得られることと思う。

 次に、「娘」の定義である。先程と同じく「広辞苑」によると

「若い未婚の女。おとめ」

と簡単に定義されている。当委員会ではこれについても意味内容の具体化と修正を行う。

 1.年齢は小学生〜30代。ただし、設定年齢がこの範囲から外れていても外見的に範囲内と見える者は含める。
 2.1の条件に適合すれば、既婚者も含める。

 1は「若い」という形容の具体化である。一般的に視力矯正手段として眼鏡をかけ始める年代は小学生であるため下限は小学生に設定。外見的に「若い」と言える限界は30代と思われる(それを超えると「若い」の前に「歳の割に」というおまけが付く)ため、上限は30代に設定した。
 2は、未婚か否かは眼鏡をかけた女性の魅力を語るのに直接は関係しないため加えた修正である。

 以上をまとめると、当委員会内における「眼鏡っ娘」の定義は、

「視力矯正手段としての眼鏡をかけている、もしくはだて眼鏡をかけている、小学生から30代(外見年齢含む)の女性」

ということになった。これより先の文章を読むにあたり、記憶の片隅に留めておいていただきたい。
 また、当委員会で取り上げる眼鏡っ娘は、ゲーム系ホームページという当サイトの性格上、特に断りがない限りはパソコンゲーム(PC-98及びWindows)に登場するキャラクターに限定させていただく。それ以外の眼鏡っ娘については、他のサイトにて持論を展開中の方が多数おられるので、そちらをご覧いただきたい。特に少女漫画における眼鏡っ娘論では、『めがねコミュニケーション宣言 めがねがね』の「はいぼく」氏の論文が非常に優れているので御一読をお勧めする。

(文責:もんがらかわはぎ)

 
 眼鏡っ娘は不美人なのか?(実際の眼鏡っ娘について)
 10数年前、某航空会社がスチュワーデスの募集をするにあたり、採用条件の欄に「チビ、ブス、メガネはお断り」と書いて女性団体などから抗議を受ける、という事件があった。この事件は一つの重大な事実を示唆している。それは、「眼鏡をかけた女性は容姿が劣っている」という固定観念が世の中にはびこっている、ということである。「眼鏡猿」という悪口を例に挙げるまでもなく「眼鏡っ娘=不美人」という先入観が社会全般に蔓延していることは、諸氏もご存じであろう。当委員会がわざわざ「眼鏡っ娘の地位向上」を声高に叫ばなければならないのも、こういう差別的考え方にとらわれた人が社会にあまりにも多いからである。

 では、なぜこのような観念が定着するに至ったのか、それについて考えてみよう。

 そもそも、眼鏡をかけたら本当に女性は不美人になるのであろうか? かつてはこの説もあながち間違いではなかった。昔の眼鏡というのは実用一辺倒で美しさとはあまり縁のない代物でだったからである。そのため、眼鏡をかけた顔はどうしても野暮ったいものとなってしまったのである。
 また、昔は近視率が低かったため眼鏡をかけている人自体が少なかった。そのため、眼鏡をかけている人全体で、老眼の人の占める割合が高かった。このことが「眼鏡をかけている=年配の人」→「眼鏡をかけている=容姿は衰えている」という連想につながったであろうことは想像に難くない。
 これが「眼鏡をかけたら不美人」という常識の正体である。

 しかし、そんなことは完全に過去の話である。実用品でも時が経つに連れてだんだんとそのデザインが洗練されてくるのは世の常。現在においては眼鏡のデザインは数十年前とは比較にならないほど優美になり、その種類も千差万別となった。眼鏡には当人の美的感覚が大きく反映され、ファッションの一部といっても全く差し支えないものとなっているのである。「だて眼鏡」の存在は、眼鏡がファッション化された好例であろう。
 また、こういう言い方は失礼かもしれないが、あまり特徴のない顔を持つ人の場合は眼鏡がひとつのアクセントとなるので、眼鏡をかけた方が印象的な外見となるということに異論はないであろう。さらに、近視の人が無理に眼鏡を外すとどうしても目つきが悪くなってしまうため、外見的な魅力を維持するために眼鏡が必要であるということも、理解していただけると思う。

 よって、眼鏡をかけると当然に不美人になるなどというのは、現在では全く当てはまらないアナクロな考え方だと言えよう。むしろ、人によっては眼鏡をかけた方が美人になれるのである。

 それから、コンタクトレンズの広告などで、眼鏡をかけた女性をことさらに不美人の例として扱うのは、偏見を助長するものであるからやめてもらいたいものである。
 あれらに登場する眼鏡っ娘を例に挙げて、反眼鏡っ娘ファンの人々が眼鏡っ娘ファンの美的センスを嘲笑するような発言をすることもたまにあるが、それは全くの的外れである。なぜなら、広告に不美人の例として使われている眼鏡っ娘は、「眼鏡をかけているから不美人」なのではなくて、「ありとあらゆる不美人の要素を押しつけられているから不美人」なのであるからだ。眼鏡のデザインの古臭さは言うまでもなく、髪はバサバサ、目つきは悪く、表情はむっつり、おまけに服のセンスも悪いときている。これで「眼鏡をかけているから不美人なんだ。眼鏡を外したら美人になる」などと主張する反眼鏡っ娘ファンがいたら、そっちの美的センスを疑いたくなるのが普通であろう。
 眼鏡の有無による美人不美人を論ずるなら、眼鏡以外の要素を全て同じにして比較しなければ意味がないことは子供でもわかる。そんな常識的なことすら無視した反眼鏡っ娘ファンの眼鏡っ娘批判に聞く価値がないことは、今更言うまでもないだろう。
 もちろん人には向き不向きというものがあるから、眼鏡が似合わない人がいることも否定はしない。しかし、それならば眼鏡が似合う人の存在も否定されるべきではないだろう。それを一律に認めないのは個性、もしくは美という才能を圧殺することを意味するのである。

 以上のことから、「眼鏡っ娘=不美人」という固定観念は全くのデタラメ、控えめに言って時代錯誤な考え方であることが明らかになった。このような誤った考え方は、世の眼鏡っ娘たちに無用な劣等感を抱かせ精神的苦痛を与えるものであるから、社会から撲滅すべきである。そして眼鏡っ娘の魅力を広く伝えることによって、眼鏡っ娘を不当な扱いから解放することは、正義の行いだと言っても過言ではない!
 これが、当委員会の出した結論である。

(文責:もんがらかわはぎ)

 
 眼鏡っ娘講座
1、「眼鏡っ娘のイメージ」
何故、眼鏡っ娘は好まれるか(大変残念な事に眼鏡っ娘故に嫌われる場合もあるが)
一言で言えば「眼鏡」の持つイメージにあると考えられる。
一般的に「知的」、「おしとやか」、「純情」、といったプラスのイメージがある反面、「冷たい」、「暗い」、
「(悪い意味で)インテリ」といったマイナスのイメージがある。
この二面性のイメージが好き嫌いの分かれるところと思われる。往々にして好きな対象のマイナス面はプラス面を
前面に押し出しフォローするが嫌いな対象に対してはこの逆の行動が起こるのは人間の性である。

これは「眼鏡」から連想されるイメージであって必ずしも当てはまる訳ではない。が「眼鏡」という道具が見る者
に強いイメージを与えているのではないだろうか。
また、弱視という観点から眼鏡っ娘=ドジというイメージもあるがこれこそ不当差別ではないだろうか。

2、「眼鏡っ娘の種類と傾向」

1、文学少女系
初期の頃に多く見られた眼鏡っ娘、それが「文学少女系」である。
生まれつき病弱で内気。人付き合いが苦手、趣味は読書で成績は優秀だが目立たない存在。といったイメージがついてまわる。
ふとしたきっかけから「主人公」と知り合うが男性に対する免疫が皆無であるため進行しているのかどうかよく分からない
という展開になる。しかし本心を胸の内に秘めているためそれが表に出たときから流れるように進行していく。

2、女教師系
ロングの黒髪に細い眼鏡、鋭い目つきといったイメージが強いタイプである。
年齢的には妙齢で冷たいオーラを放出し「主人公」
に対して厳しい態度を取ることが多い。これは「年下」、「男性」といったキーワードに対して敏感に反応する為である。攻略対象
にあがらないこともままあり不遇な存在である。
何かしらの過去や秘密がありそれが露見して立場的なものが逆転する。

3、いいんちょ系
言うまでもなく「To Heart」の「保科智子(いいんちょ)」が火付け役である。
文学少女系に近いが異性、同性を問わず関わりを
避ける孤高のタイプと人望に厚いリーダータイプに分かれる。もっともイメージ的には前者の傾向が強い。
これは頭の良さが災いして互いに関わりを避けるために起こるものと考えられる。
男性アレルギーが強く出会いから良い印象は得られないことが多い。しかしそれは自己防衛本能の表れであり傷つきやすい
心の持ち主である。最悪の出会いであるが何か引っかかるものを感じアプローチをしていくという展開が多い。最初は取り付く
島もない状態であるが少しずつ心を開いていきアクシデントをきっかけに心のタガが外れ「主人公」を信頼するようになる。

4、科学者、秋葉系
「サクラ大戦」の「李紅蘭」以後見かけるタイプである。
マイペースでマニア気質、当然ながら男性に対する免疫は無い。出会いが印象的な反面、恋愛対象として見てもらえないことが多い。
そのため、その子の興味の対象を攻略する事から始まり少しづつ距離を縮めていく。「将を欲すんば先ず馬を射よ」と言うやつである。
性格がアクティブである反面、恋愛に対しては無知。時として予測外の行動に出ることもある。
距離を縮めていくことで「自分を理解してくれる人」という認識が芽生え恋愛対象に昇華する。

5、関西系
最近、多くみかける今までの眼鏡っ娘のイメージを覆すタイプである。
基本的にツッコミ役、これは「主人公」が関東系であることが多いためである。
良く言えば「天衣無縫」、関西パワー全開で周囲をかきまわす。たいがい「主人公」を天性のボケ役とみなし事あるごとにひっぱり
まわす。性格はあくまで素そのものであり照れ隠しにどつくなどといった事は無いと見ていい。
裏表のなさが魅力であり周辺には存在しないインパクトで印象付ける。が関西パワーによって女らしさが埋もれているという
コンプレックスを持ちそれを受け入れてくれる存在として「主人公」との距離が縮まっていく。

(文責:羽鳥半蔵)